いずみちひろです。
昔書いた小説を、AmazonのKindleで販売しようと思ったのが、何年前でしょうか。
Amazonでの発売日が2014年になっているので、今からもう７年くらい前になるのですね、懐かしい。
それを紹介するブログを作ったのは、いつだったでしょうか。
同じくらいの時期ですねw
せっかくなので、私が書いた小説の紹介をさせていただけたらと思います。
世界がもしも、一枚のカードでできているのだとしたら――
自分も、家族も、友達も、何もかもが一枚のカードなのだとしたら――
そんな世界を書いてみました。
これは私、いずみちひろが大学院一年の夏休みに就職先が決まってから、院を中退して入社するまでの期間、約２０日間で書き上げた作品です。
こんなに短期間で作品を仕上げられたのは、この作品だけです。
働き始めたら書いてる暇なんてないだろうなという焦りもありました。現に書けませんでした、忙しくてｗ
少しでも多くの人に自分の作品を楽しんでもらえたらなぁと思います。
この本、まだ一冊も売れてません笑
－－－－－－－－－－(ここから本編開始)－－－－－－－－－－
ＴＵＲＮ ０ 王の覚醒
＊
「おめでとう、鏡鏡矢」
教卓に足を組んで座っていた新井山夏実が、入室した鏡鏡矢に鋭い視線を向けていた。
「君は『大いなる意思』に選ばれた『王』となる存在だ」
と続けた夏実は白いブラウスにチェックのスカート姿。胸に縫いつけられている校章の刺繍が青色をしていることから、彼女が高校二年生であることがわかる。彼女は、鏡矢と同学年で同じ学級であった。
「こんな時間に呼び出して、一体何の用だ」
窓外に映るのは夜の街。コンビニエンスストアの煌々とした光が闇に浮かんでいた。
鏡矢と夏実が対面したのは、夜の教室であった。明かりは灯っておらず、黒板上に設置されたアナログ時計の秒針が回る音が、やけに耳につく静けさ。時間は九時半を少し回っていた。
「君はこの世界がはたして何で出来ているのか――考えたことはあるか？」
夏実は女だが男のような口調で話した。ショートカットでボーイッシュな外見から、異性よりも女子生徒からの人気の方が高いような、そんな女子生徒だった。
夏実からの突飛な質問に、
「さあ。そんなこと考える以前に、俺には思い付きもしねえよ」
と鏡矢は返す。
窓から射す月明かりだけが、この教室の光源であった。
教卓の上に腰掛けている夏実は、月光の当たる左半身だけが輪郭がはっきりとしていた。彼女の顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
今のこの状況を楽しんでいるのだろうか、と鏡矢は内心で彼女のことに呆れていた。
「じゃあ、答えを知りたいとは思わないか？」
と質問を投げる夏実に、
「別に」
と鏡矢はそっけない返事を返す。
「どうして？」
「どうせ経済だとか物理法則だとか哲学だとか――それっぽい単語を並べてそれらしい答えを呈示するだけなんだろ」
「いいや」
夏実は首を左右に振った。サラサラと揺らす髪の上を月光が華麗に踊る。
昼間とは別人のような夏実に見とれている場合ではないと、鏡矢も小さく首を振った。
「そんなことはどうだっていいから、早く用件だけを伝えてくれ。下校時刻はとっくに過ぎているし、警備員の人とか見回りに来たら厄介だろ」
「ボクは最初から用件を伝えているつもりなのだが」
夏実はぴょんと教卓の上から降りると、教室の後ろで立ち尽くす鏡矢の元へとゆっくり歩み寄ってくる。静寂に支配された室内からは、夏実の足音しか聞こえない。
夏実は鏡矢の前で立ち止まった。手を伸ばして相手に触れられるか触れられないかの距離。鏡矢の肩ほどの身長しか持ち合わせていない夏実は、わずかに鏡矢を見上げていた。
「もう一度訊こう――」
口を開いたのは、夏実だった。
「この世界が何で出来ているのか――君はどう思う？」
どう思うと訊かれても、今まで彼女の出してくる質問について何も考えたことのない鏡矢に、即答出来るわけがなかった。
秒針の刻む音だけが室内に響く。
「時間切れだ」
夏実はふぅと小さく息をつくと、
「これ、何だと思う？」
とスカートに付いたポケットから一枚の長方形を取り出して見せた。両手の人差し指と親指で作る長方形と同じくらいの大きさ。
「カード……」
それは、一枚のカードだった。鏡矢には裏面を向けられているそのカードには、大きな白星と黒星が一つずつ、上下に並んでプリントされていた。
鏡矢はそのカードが深夜アニメをモチーフにしたトレーディングカードであることを知っていた。子供から二十代の若年層にまで人気が出ている、世に出回っているカードゲームの一つであった。
「そう、それはカードだ。これで答えがわかっただろ」
と言った夏実の言葉に、
「えっ？」
鏡矢は首を傾げた。夏実の言った言葉の意味が、彼には理解できなかった。そんな彼に、
「この世界は何で出来ているのか――正解は、一枚のカードだ」
夏実はさらに鏡矢との距離を詰めると、手にしていたカードを鏡矢に手渡した。鏡矢はそれを素直に受け取る。
「漆黒の……救世主？」
鏡矢の受け取ったカードには、そう記されていた。『漆黒の救世主』というのが、このカードの名前であるらしかった。名前の隣には『☆５』と記載されていた。名前に下には闇を背景に黒いローブ姿の人間が描かれている。その者が男か女かは判断が付かない。さらにイラストの下には文章が小さい文字で、日本語で記されていた。
カードを眺めていた鏡矢に、
「それが誰だかわかるか？」
と夏実は新たな質問を寄越した。
カードが誰かとは、カードのイラストとして描かれた人物が誰をモデルに描かれたのか、とかそういう意味なのだろうか？
「わからない」
鏡矢は正直に答えた。これらカードのことについて深い知識を持っていない鏡矢には、その質問は難題であった。
「よく見てみるんだ。思い出さないか？」
夏実はそんなことを鏡矢に言う。
いい加減鏡矢は頭に来た。質問の意図がわからない。だから彼は夏実に向かってこう叫んでいた。
「お前さ、俺をからかってるのか」
刹那、静かだった教室に、クラッカーを鳴らしたような軽い音が響き渡った。鏡矢の頬が鳴った。頬にはじりじりとした痛みが、後からじわじわと広がっていった。
「何でぶつんだよ」
鏡矢は夏実を睨み付けた。彼の瞳には、夏実の周りの暗闇に真っ白い星のような粒々が漂って見えていた。
「君がボクの話を真剣に聞かないからだ。他に理由がいるか？」
鏡矢の睨みに臆することなく、夏実も鏡矢に向かって鋭い視線を浴びせてきた。
「理由って――世界がカードだとかこのカードが誰かとか、お前が訳わからねえことばっかり言ってくるからだろ」
「世界だけではない」
「は？」
「全てが、カードだ」
夏実はまたしても、鏡矢には理解できないことを言った。
「全てって、何だよ」
「全てとは、この世界にあるもの全て。世界が一枚のカードであると同時に、地球も一枚のカード。太陽も、月も、日本も、この町も、学校も、教室も、ボクも――そして、君さえも。一枚の、カード」
「意味わかんねえよ」
鏡矢は呆れ返ってしまった。夏実がふざけているとしか、鏡矢には考えが及ばない。
「では、それを踏まえた上で、もう一度君に問おう」
夏実は鏡矢の手にした一枚のカード――漆黒の救世主――を指さして、
「そのカードが誰か、わかるか？」
と問うた。
鏡矢はカードをしげしげと眺めて見た。何度見てもこれが誰かなんてわかるものか、と考えながら。
しかし、鏡矢の瞳には、異常が生じた。
漆黒の救世主に描かれた人間の顔が、どこかで見覚えのある顔に変わっているように、彼には見えた。
漆黒の救世主――こいつは――――
「俺……だ」
鏡矢はさっと、頭から血の気が引いたのがわかった。
決して知ってはいけないことを、彼は、今、知ってしまった。
「正解だ」
夏実が鏡矢に笑顔を見せた。それは、口の端をわずかにつり上げるだけの、クールな笑顔だった。
ＴＵＲＮ ０ 規律理解
＊
翌日の放課後。鏡鏡矢は新井山夏実に学校の屋上へと呼び出された。
落下防止のために設けられたフェンスに寄りかかり、鏡矢と夏実は昨夜教室で行った会話を続けていた。
「ゲームのルールは理解できたか？」
「一応、この冊子には目を通した」
そう言うと鏡矢は学生ズボンのポケットからカードサイズの小さな冊子を取り出した。それは、ＴＣＧ（トレーディングカードゲーム）『黒白（こくはく）』のルールブック。ゲームに必要なカードが最低限揃った『初心者（スターター）パック』を買うと、このルールブックが付いてくるということを、鏡矢は昨夜、夏実から聞いていた。
「そうか。では、自分の置かれた状況も理解したわけだな？」
隣で鏡矢同様、フェンスに体重を預けている夏実が訊いた。
「俺はこのゲームの『王（キングカード）』――つまり最重要カードにされちまったわけだな」
昨夜、鏡矢が王となる存在であることを聞かされた鏡矢は、ルールブックに記載されていた用語集で、『王』という単語について調べていた。それはカ行のページに載っていた。
「このゲームは簡単に言うと、『カードで行う将棋』だ。『王』はゲーム開始前に、自分の『山札（デッキ）』の中から『五つ星』未満のカードを選出し、９×９の『領域（フィールド）』と呼ばれるゲームマップの、自分から見て手前中央のマスに配置する――つまり将棋で言うところの王将の位置だな」
と夏実は説明した。
『山札』とは、五十枚以上のカードを裏側にして積み重ねたカードの束のことで、自分の順番が回ってくるたびに、この山札からカードを一枚引いて手札に加えることになる。
『星』とは、カードの強さ、及び、カードの価値を表しており、一つ星から十つ星まで存在している。一つ星はカードの強さ的にも価値的にも低く、十つ星はとても強くて珍しいカードということになる。特に十つ星カードは、世界に十枚も存在しないと噂されるほど大変珍しいものだ。
「しかし――どうして俺なんだ？」
鏡矢は昨日の夜からずっと気になっていた質問を夏実にぶつけた。
どうして自分が王なのか。どうして自分が世界のゲームに参加しなくてはならないのか。
夏実ならその答えを知っているのではと思った。でも、
「それは『大いなる意思』の決定したこと。ボクにはそれ以上のことはわからない」
夏実にもわからないとのことだった。鏡矢は内心でひどく落胆した。
「『王』になるのはお前ではダメだったのか？ お前は俺なんかよりもずっと前から、この世界が『カードゲーム』だってことを知っていたんだろ。だったらお前がゲームを仕切った方が――」
「ボクが決めたわけではない」
その疑問は無意味だと判断したのか、夏実は鏡矢の言葉を途中で遮った。
だから鏡矢は別の質問をしてみることにした。
「そもそもお前は、どうしてこの世界が『カードゲーム』だってことに気が付いたんだ？」
この世界は、全てがカードであり、カードゲームをするために世界は存在している。
そのことを夏実に聞かされた鏡矢は、馬鹿馬鹿しいというのが正直な気持ちであったが、信じざるを得ない事件が昨夜、鏡矢と夏実の二人きりの教室で起こってしまっていた。
「夢を見たんだ」
夏実がぽつりと言った。
「夢？」
「ああ、辺り一面真っ暗闇の中にプカプカ浮かんでいる夢。そこでボクは『大いなる意思』と会話を交わした」
「何て？」
信じられる話ではなかったが、円滑な会話を行うために鏡矢は適当に相づちを挟みながら、夏実の話を聞いていた。
鏡矢の隣にいる夏実は、横目でわずかに彼の顔を見上げながらこう説明した。
「世界がカードでボク自身もカードであること。そしてボクのカード名と――君を『王』に選んだこと」
夏実の切れ長の目が鏡矢を見つめていた。彼女の瞳には鏡矢の背景に青い空が映っていた。その瞳に、鏡矢は訊いた。
「昨日俺の中に、カードを埋め込んだよな？」
「うん」
夏実は小さく頷いた。
昨夜、鏡矢が夏実から受け取った『漆黒の救世主』の五つ星カード。それを夏実が、鏡矢の胸に押し当てると、鏡矢の胸の辺りが石を投げ込んだ水面のように波打って、そのままカードは鏡矢の中に沈んでいったのだ。それは、あっという間の出来事だった。
「あのカードは今……俺の中にあるのか？」
「そう。カードを持つ者はすでにこのゲームに参加する戦士――君は『王』だ」
「この世界の人々は皆、カードだって言ったな」
「うん」
「でも、カードがないと、ゲームに参加することは出来ない」
「そう。自分の分身であるカードは魂のようなもの。魂の入っていない人間は死人。それはカードゲームでも同じ」
それを聞いた鏡矢は一つ疑問が生まれた。
「だったら、この世界のどこにあるのかわからない魂が――自分のカードが破れたり燃えたりして使えない状態になったとしたら、魂のカードを失った人は一体どうなるんだ？」
魂がない人間は死人であると、夏実は言った。だとしたら、魂であるカードが廃棄されることがあったら、それは――
「死ぬ」
「えっ？」
あまりに夏実が淡々とした口調で言うので、鏡矢は意味を捉えるのが一瞬遅れてしまった。夏実の答えは鏡矢が考えていたとおりの絶望的な答えだった――と思ったのだが、夏実の話はまだ終わっていなかった。
「――か、新たなカードが設定されるんだと思う。カードは日々増産されているだろ」
そう答えてくれた夏実だったが、本当のところは彼女にもわからないらしい。
「そうだよな……」
鏡矢よりも先に世界の真理に気が付いたとはいえ、夏実もこの世界――カードゲームの世界――の住人なのだ。得られる情報は鏡矢と何ら変わりはないはずである。
鏡矢は夏実に頼り切っている自分が恥ずかしくなった。自分の頭でもっと、物事を考えなくてはならないと、鏡矢は思った。
「そんなことより、君がこれからしなくてはならないこと――わかっているよね？」
横目で夏実が鏡矢を見てきた。鏡矢は頷いて、こう答えた。
「プレイヤーはゲーム開始時に山札から八枚のカードを引き、それを手札にする――こっちの世界でいうところの『仲間探し』ってところか」
「適応が早いな。さすが『王』に選ばれただけのことはある」
フェンスから離れた夏実は鏡矢の前に移動した。二人は向かい合う。後ろで手を組む夏実は、背の高い鏡矢をわずかに見上げていた。勝ち気そうな切れ長の目が、わずかに弧を描いているように、鏡矢には見えた。
「それではお姫様。これからさっそくカードを買いに、私とデートを――」
言いながら鏡矢は忠誠を誓う騎士のように右手を夏実に差し出したのだが――鏡矢の物凄く近くで軽い音がした後、左頬がチリチリと痛み出した。
「何故おぶちになられたのですか？」
全てを堪え忍んで鏡矢は夏実に訊ねると、
「ボクはそういう軽い発言が嫌いだ」
差し出されたままになっていた鏡矢の右手を、夏実は払いのけた。
気難しいお姫様だなと、屋内へ戻るために扉へ向かう夏実の背中を見つめながら、鏡矢は微笑んでいた。
新井山夏実――カード名は『星天の織姫』 六つ星。
ＴＵＲＮ ０ 紙票捜索
＊
鏡矢が夏実に連れて来られたのは、学校の近くにある玩具店であった。店内は所狭しと玩具が並べられており、ぬいぐるみの棚とプラモデルの棚の間にある通路を渡り、カード類のコーナーへと移動する。
「では、軍資金をいただこうか」
カードコーナーの前で、夏実が鏡矢に右手を差し出した。
「本当に俺も払うのか？」
出し惜しみする鏡矢だったが、さっと夏実が右手を振り上げたので、鏡矢はぶたれる前に財布から紙幣を取り出し、それを夏実に手渡した。
「二千円……」
夏実は呆れた声で、
「君は『黒白』の拡張パックがいくらなのか、知っているか？」
と鏡矢に訊いた。『拡張パック』とはカード数枚が入っている袋で、これを購入して山札を調整する。
「百五十円くらいなんじゃ…………げっ」
値段を確認した鏡矢はカエルが潰れたような声を上げた。十枚入り五百円、税込み。
「諭吉を出せ、諭吉を」
「無茶言うな」
「貯金はしてないのか？」
「金銭をいただいたら速効使うのが俺のポリシーだ」
「いばるな」
鏡矢の頬がぱちんと鳴った。夏実にぶたれたのだ。
「何故殴る……って訊くまでもねえか」
この暴力女め、とは思っても口に出すほど鏡矢は愚かではなかった。
「それじゃ、お金はボクが貸すから、君はこれを持ってレジに並んでくれ」
夏実は拡張パックを入れた買い物かごを鏡矢に手渡してきた。かごの中には、ピンクと黄緑と赤と水色で鮮やかな拡張パックが四十四袋。二万二千円分だった。
「同じ種類しか買ってないみたいだけど、こっちの白とか黒の袋は買わないでいいのか？」
鏡矢は棚に並んだ拡張パックを指さしながらそんなことを夏実に訊いた。
拡張パックは三種類あった。第一弾から第三弾まで発売されている。夏実が選んだのは第一弾『四季の奏でる旋律』だった。ピンク、黄緑、赤、水色の四色が、渦を巻いているような目がチカチカしそうな鮮やかな袋だった。第二弾は『白き世界の行く末』、第三弾は『暗黒時代』というタイトルが付けられており、それら二つの袋はカゴの中に入っていなかった。
「統一性があっていいじゃないか」
「いや、でも、それだとカードが重複するんじゃないか？ 裏面には全六十種類って書いてあるぞ」
「だったら、君が好きなのも買えばいいじゃないか」
夏実はかごの中から五つほど拡張パックを掴み、棚に戻した。そして黒い袋を、減らした分だけかごの中に入れた。真っ黒な袋は、『暗黒時代』であった。君が好きなのを買えと言っておきながら、鏡矢にはまるで選択権がなかった。
「はい、持って行って」
かごの中身を入れ替えた夏実が再び鏡矢に買い物かごを手渡そうとしたが、
「ていうか、お前が並べばいいじゃん」
ということに鏡矢は思い至り、夏実にそう言った。
「女子高生がアニメのカードをまとめ買いなんて、そんなことできるわけない」
夏実はわずかに頬を上気させ、買い物かごを鏡矢の胸にグイグイと押し当てた。夏実にも羞恥心があるということを、鏡矢が知った瞬間だった。
「ったく、仕方ねえな」
買い物かごを受け取ると、鏡矢は金を借りてレジに並び、拡張パックを四十四袋購入した。
「ほれ、買ってきてやったぞ」
会計を鏡矢に任せて先に店先まで出ていた夏実に、鏡矢は購入してきたカードを手渡そうとしたのだが、
「ありがとう」
と夏実は礼を言うだけでその買い物袋を受け取ろうとはしなかった。
「受け取れよ」
「君が持ってて」
「俺が持ってたって、カードのことはよくわからんぞ」
昨夜ルールブックには目を通した鏡矢だったが、目を通しただけでその内容は彼の知識になっていなかった。
「それは大丈夫。今から公園に寄って、そこで開封するから」
「は？」
鏡矢には初耳だった。カードを購入したから本日はこれでお開きだと、彼は勝手にそう思いこんでいた。
「ほら、行くぞ」
歩が止まっていた鏡矢に、先を行っていた夏実は頭だけで振り返り、彼を急かした。
鏡矢は駆けて、先を行く夏実の隣に並んだ。
＊
人気の少ない公園で、頭上には夕焼け空が広がる中、外灯下のベンチに腰を掛けて、鏡矢と夏実は購入した拡張パックの開封作業を行った。
全ての袋から中のカードを取り出すと、次は種類別にそれらを区分した。
ＴＣＧ『黒白』のカードは五種類ある。領域に設置して戦わせる『生物カード』、カードに記載された説明文の効果が発動する『魔法カード』、生物カードの強さに補正を掛ける『装備カード』、領域を変更する『地形カード』、そして、それら四つのどれにも属さない『特殊カード』。鏡矢は慎重にそれらの区別を行った。
鏡矢が十四袋、夏実が三十袋を担当し、鏡矢は自分が担当したカードの山を、少し間隔を開けて隣に座っていた夏実に渡した。彼と彼女の間のスペースには夏実の三十袋分のカードの山が置いてあった。
鏡矢の処理したカードをパラパラと眺めていた夏実が、
「これ……」
と声を上げたので、鏡矢は夏実の様子を窺った。
「何か見つけたのか？」
「『秋影を昇る王子』 六つ星」
夏実は手に持っていた数十枚のカードの中から一枚を引き抜いて、鏡矢に見せるようにした。
「ああ、それな。なかなか強いんじゃないか、六つ星」
区分していた時にそのカードが目に付いていた鏡矢はそんな感想を述べた。だが、夏実は、
「いや、そうじゃなくて、このカード……すごく身近な人のような気がする」
カードを見つめながらそう言った。
「そんなことがわかるのか？」
鏡矢は夏実の方に身を乗り出すようにして訊いた。カードの持ち主がわかれば、仲間探しも容易になるはずだと鏡矢は考えたのだが、
「ううん、わからない」
と、首を左右に振った夏実の答えは、彼の期待を大きく裏切るものだった。
「なんなんだよ、それ」
乗り出していた身体を元に直して座り直し、鏡矢はひどく呆れた。
「ただ、なんとなく、そんな感じがしただけだ」
「なんとなくねえ……」
鏡矢は夏実の手にしていたそのカードをさっと奪い取ると、しげしげとそれを眺めてみた。夏実が感じているという不思議な感覚は、カードを手にしてみても、鏡矢には微塵も感じられなかった。
「それは君が持っておくんだ」
夏実が言った。
「どうして？ お前の身近な人にこのカードの持ち主がいるかもしれないんだろ」
「そうだが、その者を仲間にするかどうかは『王』である君が決めるべきだ」
「そりゃするだろ、六つ星だぞ。少なくとも俺よりは強い」
さも当然のように言った鏡矢だったが、その発言に夏実は鋭い視線により一層磨きをかけて、鏡矢を睨んだ。
「単純に星の数だけでカードの強さを決めるのはやめた方がいい」
「なんで？ ルールブックにだって星の数が大きい方が強いって――」
と昨夜の読書で頭に残っていた記憶を引っ張り出した鏡矢であったが、
「星の数は総合評価でしかない――」
夏実は鏡矢の手にあった『秋影を昇る王子』を奪うと、そのカードを例に説明を始めた。
「生物カードには体力、攻撃力、防御力、移動力が設定されている。この『秋影を昇る王子』の場合だと、移動力が抜きん出ている。だから、他のパラメータが低くても総合評価が高くなっているのは、移動力が総合評価を押し上げているんだな」
「なるほど」
鏡矢は納得したが、夏実はさらに話を続けた。
「でも、問題はカードの強さではない」
「だったら何が問題なんだよ？」
「カードとその持ち主が一体となってこのゲームに参加することになったら、その者に危険が及ぶ可能性がある」
「危険って――」
と言う鏡矢の言葉を夏実は遮り、
「この世界は『カード』だが、同時にカードゲームを行う『領域』でもある。となると、実際に戦闘を行うのは――」
「俺たち――人間ってことか」
自分の言葉に、鏡矢は衝撃を受けた。頭を思い切り木刀で殴られたような感覚だった。
「ボクらには慎重な人選が求められている。危険を承知で付き合ってくれる仲間を、探さないといけないんだ――」
鏡矢は考えを改める必要があった。
これは遊びではない。戦いなのだ。
だとしたら、この先、敵が目の前に現れて戦うことになり、もしも万が一、負けるようなことになれば――俺たちは一体どうなるんだろう？
夕焼け色だった空が、鏡矢が知らぬ間に藍色へと変わってしまっていた。
藍色の空は、まるで質量を増したようで。
鏡矢はその空に、潰されてしまいそうな気分だった。
－－－－－－－－－－(ここまで)－－－－－－－－－－
昔から私は強い女の子が好きだったみたいです←
今読み返してみると、かなり厨二病を拗らせてる感が出てて、恥ずかしいですね笑
リンクを貼って終わりにしたいと思います。
気が向いたらご購入のほど何卒よろしくお願いいたします。
泣いて喜びます。
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